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うつ病エピソードチェック表

第3部 普及啓発用教材

2.うつ病とはどんな病気か?

1うつ病とはどんな病気か?診断、病態、治療について

うつ病とはどんな病気か?診断、病態、治療について

それでは,うつ病とは一体どのような病気なのでしょうか.

2うつ病とは何か「うつ病エピソード」が現れる気分障害の総称

うつ病とは何か「うつ病エピソード」が現れる気分障害の総称

うつ病とは,「うつ病エピソード」と呼ばれる症状が見られる気分障害の総称です.DSM-IVという名称で知られる米国精神医学会の気分障害の分類では,経過中にうつ病エピソードのみが見られるものを「うつ病性障害」と呼び,うつ病エピソードと躁病エピソードの両方が見られるものを「双極性障害」と呼んでいます.そして,うつ病エピソードのうち,程度が重いものを「大うつ病エピソード」,程度が軽いものを「小うつ病エピソード」と呼んだりしています.さらに,大うつ病エピソードのみ見られるものを「大うつ病性障害」,小うつ病エピソードのみが見られるものを「小うつ病性障害」と呼び,小うつ病エピソード程度の症状が2年以上持続するものを「気分変調性障害」と呼んだりしています.大うつ病エピソードと小うつ病エピソードのことさえ知っていれば,「うつ病」が何であるかは大体わかるということになります.

3DMS-W 大うつ病エピソードの診断基準

DMS-W 大うつ病エピソードの診断基準

これは,大うつ病エピソードの診断基準と呼ばれているものです.ここには9つの症状が記されていますが,このうち「抑うつ気分」と「興味または喜びの喪失」は必須症状と言われています.この2つのいずれか一つと残りの7つの症状のいずれかを含めて5個以上ある場合は大うつ病エピソード,それが2個以上4個以下の場合は小うつ病エピソードと呼ぶことにしています.ただし,これらの症状はいずれも過去2週間以上にわたって,ほとんど毎日,ほとんど一日中あり,その症状のために著しい苦痛を感じているか,社会的・職業的またはその他の重要な領域で機能障害を起こしており,しかもこの症状が,さまざまな身体疾患や物質依存の結果としてだけでは説明できないこと,という条件がついております.症状が9つも並んでいるし,言葉がちょっと難しいので覚えにくいかもしれません.しかし,この9つの症状は是非みなさんに覚えてもらいたいので,わかりやすくするために,ちょっと漫画を作ってみることにしました.

4うつ病エピソードの9つの症状

うつ病エピソードの9つの症状

これは大うつ病エピソードの診断基準にある9つの症状を漫画であらわしたカードです.うつ病になるとここにあるような9つの症状が見られるようになり,とくに最初の2つ症状は必須症状と呼ばれるものです.この2つの症状のうちどちらか一つを含めて合計5個以上の症状が過去2週間以上に亘ってほとんど毎日,ほとんど1日中見られる場合は大うつ病エピソード,2〜4個が過去2週間以上に亘ってほとんど毎日,ほとんど1日中見られる場合は小うつ病エピソードと呼ぶわけです.ひとつひとつの症状をもう少し詳しく見てみましょう.

5抑うつ気分

抑うつ気分

抑うつ気分というのは,気持ちが沈み込んだり,ふさぎこんだ状態がつづいている,悲しくなったり,滅入ったり,落ち込んだ状態がつづいているといったものです.

6興味や喜びの喪失

興味や喜びの喪失

興味や喜びの喪失では,仕事や趣味など,普段やっていたことに興味がもてなくなった,何をしても楽しめない,といった症状です.

7食欲減退または増加

食欲減退または増加

食欲減退は,いつも食欲が落ちている,減量しようとしていないのに体重が減ってきているという症状です.しかし,ごく稀に,いつもより食欲が増えている,食欲が非常に増進して体重が増えているということもあります.

8睡眠障害(不眠または睡眠過多)

睡眠障害(不眠または睡眠過多)

睡眠障害は,毎晩よく眠れない,夜中に何度も目が覚めたり,朝早くから目覚めてしまったりする,ぐっすり寝た感じがしないといった症状です.ごく稀に,眠気が強くて,毎日眠りすぎるということもあります.

9精神運動の制止または焦燥

精神運動の制止または焦燥

精神運動の制止は,話し方や動作が普段より遅くなっている,言葉がなかなか出てこない,周囲の人からもそれを指摘されるといった症状です.焦燥というのはその反対で,じっとしていられず,動き回ったり,座っていられなくなったりする症状です.

10易疲労性、気力の低下

易疲労性、気力の低下

易疲労性・気力の低下は,いつもより疲れやすくなっている,気力が低下している,体が重い,日常的なことにも時間がかかる,気ばかりが焦る,気力がでない,億劫で仕方ない,といった症状です.

11強い罪責感

強い罪責感

強い罪責感とは,自分は価値のない人間だと感じる,悪いことをした,人様に申し訳ないと自分のことを責めてばかりいる,物事がうまくいかないのは自分せいだと思う,といった症状です.

12思考力低下、集中力低下

思考力低下、集中力低下

思考力低下・集中力低下は,物事に集中できない,考えがおそくなっている,まとまらない,物事を決めることができない,新聞やテレビを見ても内容が頭に入ってこない,といった症状です.

13自殺念慮

自殺念慮

自殺念慮とは,死について何度も考える,気持ちが沈みこんで,自殺のことを何度も考える,自殺を計画したこともある,実際に企てたこともある,といった症状です.これらのうちどれかがあれば自殺念慮ありと考えます.

14うつ病のその他の症状(1)

うつ病のその他の症状(1)

うつ病の症状には,これら以外にも特に注意しておかなければいけない症状が2つあります.一つは身体症状で,うつ病の際には,頭痛や頭重感,肩こりや体の節々の痛み,食欲不振や胃の痛み,下痢・便秘などの胃腸症状,発汗・息苦しさなどの身体症状がよく見られます.身体症状を強く訴える場合には抑うつ症状が目立たなくなり,うつ病が見逃されることがあります.こういううつ病を「仮面うつ病」と呼んでいます.

15うつ病のその他の症状(2)

うつ病のその他の症状(2)

もう一つは「日内変動」と呼ばれているものです.一般には午前中が不調で,夕方から夜にかけて少し元気になります.一日中ずっと同じように落ち込んでいるわけではないので,「単に気分の問題で,怠けているのでは」と軽く見られてしまい,うつ病が見逃されてしまうことがあります.しかし,日内変動があることの方がうつ病としては典型的であるということを知っておくことが大切です.

16うつ病のはじまり(1)

うつ病のはじまり

うつ病には,多くの場合,「ライフイベント・ストレッサー」と呼ばれる発症のきっかけがあります.それは健康,職業,経済,役割,対人関係の問題などで,高齢者の場合にはひとことでいうと「複合的な喪失体験」と呼ばれるような状況がしばしば発症のきっかけになります.健康を失い,職業を失い,収入が減少し,社会や家庭の中での役割を失い,大切な人と死別したりする,そういったことを喪失体験と呼んでいます.こうしたストレッサーを,心理社会的な準備因子のある個人(うつ病になりやすい人)が経験したときにうつ病が発症するといわれています.この心理社会的な準備因子には,いわゆる「うつ病親和性性格」と呼ばれているような性格傾向と,ソーシャルサポートの欠如といった社会状況があります.うつ病親和性性格というのは,過剰に秩序を志向する傾向や,過剰に役割を志向する傾向で,過度の几帳面さや他者配慮性(周囲の人に気を使いすぎる)といった特徴をもつ人柄です.また,ソーシャルサポートというのは,人と人との結びつきの中で得られるさまざまな支えのことで,困ったときに相談できる人がいるとか,病気のときに助けてくれる人がいるとか,そういったもののことを言います.

17うつ病のはじまり(2)

うつ病のはじまり

一方,このようなライフイベント・ストレッサーに晒されると,脳の中のセロトニンやノルアドレナリンなどのモノアミンと呼ばれている物質の需要が高まることが知られています.

18うつ病のはじまり(3)

うつ病のはじまり

しかし,生物学的な準備因子として,例えば遺伝的にモノアミンが関係している神経系に脆弱性(弱点)がある場合や,脳血管障害などの脳の病気があるときや,産後に急激な内分泌系の変化が起こっているときなどは,モノアミン系の機能障害が現れやすく,生物学的にもうつ病になりやすい状況が作られていると考えられています.

19ノルアドレナリンの経路

ノルアドレナリンの経路

これはモノアミンの一つであるノルアドレナリン神経系の脳内の経路を示したものです.ノルアドレナリンは,脳幹の青斑核というところにある神経細胞で作られ,そこから前頭葉,辺縁系,小脳,脳幹,脊髄に伸びる神経線維によって運ばれ,それぞれの場所で注意機能や認知機能,情動,エネルギー,運動機能,自律神経機能に関係しています.

20セロトニンの経路

セロトニンの経路

一方,セロトニンは,脳幹の縫線核にある神経細胞で作られ,これが前頭葉,基底核,辺縁系,下位脳幹〜脊髄に運ばれて,気分,情動,食行動,睡眠,性的反応などに関係しています.

21頭部MRIの写真

頭部MRIの写真

これは64歳の重症の大うつ病の患者さんの頭部MRIとSPECTの写真です.スライドの上の方が前頭葉で下の方が後頭葉です.MRIでは脳血管障害や脳の萎縮などの異常はまったく認められないにも関われず,SPECTでは前頭前野(前頭葉の前の方)に広範な血流低下が認められることがわかります.SPECTで見られる血流低下は代謝低下と相関しており,この所見はうつ病に見られる前頭前野の機能低下を反映するものと考えられます.

22うつ病の治療(1)

うつ病の治療(1)

それでは,どのようにしてうつ病を治療するかお話したいと思います.これまでの話からわかるように,うつ病は心理社会的な背景と生物学的は背景をもつ病気ですので,治療でも,心理社会的な方法と生物学的な方法の両者を用いることが大切です.まずは心理社会的な治療(精神療法)としては,積極的傾聴,受容,共感が基本になります.積極的傾聴とは,十分な時間をとって,興味と関心をもって,よく話しを聞くということです.受容とは,まずは体験をそのまま聞き手も受けいれるということです。共感とは,相手の立場に自分の身をおいて,体験をよく理解するということです.ときには本人が考えていることが,治療者には,「考えすぎ」や「考え違い」に思えたりすることもあるのですが,まずは受容的に聞きいれてあげるという作業が大切です.このように,よく話を聞いてあげるというそのこと自体が,衰弱した自己を回復させるのに役立ちます.そして,これは何もうつ病に限ったことではありませんが,適切な情報を提供することもとても大切です.少なくとも,本人や家族に,@現在認められる症状がうつ病の症状であること,Aうつ病は「治る」病気であること,B休養の確保と抗うつ薬による治療が重要であること,C回復に要する時間は通常2-3ヶ月であること,D回復後には,再発予防のための継続治療が必要であること,を伝える必要があります.

23うつ病の治療(2)

うつ病の治療(2)

そして,休養を確保し,薬物療法を導入します.休養を確保する場合には,休職,家族の協力,必要に応じて入院など,心身の負担を軽減できる環境を整備することが重要です.また,職場に病休のための診断書を出す場合には期間を短くしすぎないような配慮が大切です.また薬物療法を導入する際には,@うつ病は,心身が疲弊し,脳の機能も低下した状態であり,休養と薬物治療がこうした状態を回復させる,ということを事前に説明しておきます.また,A抗うつ薬の選択は副作用のプロフィルを考慮して決定します.さらに,B不眠や不安が顕著な場合には,ベンゾジアゼピン(Benzodiazepine)系の睡眠薬や抗不安薬の併用を考慮します.

24抗うつ薬の種類と時代的変遷

抗うつ薬の種類と時代的変遷

今日,うつ病に対してはさまざまな抗うつ薬を使用することができます.抗うつ薬は,開発された年代によって第1世代から第4世代まで分類されています.これらは主として副作用の改善を目標に開発されてきた経緯があり,1999年以降に開発されたSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRI(選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)が今日では最も広く使用されている抗うつ薬です.

25抗うつ薬の4大副作用

抗うつ薬の4大副作用

抗うつ薬には4つの大きな副作用があり,これは抗うつ薬の4大副作用と呼ばれています.眠気が強く現れる作用、血圧が低下する作用、不整脈が出現する作用、喉の渇き、便秘、尿閉、せん妄などの副作用です.これは抗うつ薬に、セロトニンやノルアドレナリンの機能を回復させる作用以外に、ヒスタミンを抑える作用、アドレナリンを抑える作用、キニジン様作用、アセチルコリンを抑える作用などがあるためです。しかし,SSRIやSNRIには,こうした副作用が非常に少ないことが明らかにされています.ですから,今日では,精神科ばかりではなく,こうした薬を処方してうつ病の治療をしてくれる一般のかかりつけの先生も大分増えてきました.

26薬物治療の反応率

薬物治療の反応率

しかし,最初に選択した抗うつ薬ですべての患者さんが回復するわけではない,ということを知っておくことも大切です.これは,これまでの抗うつ薬治療の臨床試験から算出された数値ですが,最初に選択した抗うつ薬を十分量使用した場合,8週間で回復(症状レベルが50%以上改善)するのは67%の患者である,ということを示しています.しかし,最初の治療で十分改善しない場合でも,第二の抗うつ薬を選択したり,抗うつ薬の作用を増強させるための薬を加えたり,あるいは重症の場合にはECTという治療を選択することによって,ほとんどのうつ病は症状が改善するということを知っておいていただくことも大切です.

27難治性うつ病に対する電気けいれん療法

難治性うつ病に対する電気けいれん療法

これは,薬物治療では回復しない重症の難治性うつ病に対して用いられる,パルス波型の電気治療器を用いた修正型電気けいれん療法という治療をしているところです.

28難治性うつ病に対する電気けいれん療法(2)

HAM-Dの変化

このようなうつ病に対しても,この治療で81%の症例がほぼ完全に寛解し,全例で症状の改善が得られていることを示しています.

29難治性うつ病に対する電気けいれん療法(3)

治療後の頭部MRIの写真

この写真は,この治療によって,さきほどお示しした前頭葉の血流低下が,症状の改善とともに次第に回復し,正常化している様子を示しています.この写真からもわかるように,うつ病は決してただ怠けているのではなく,動きたくても動けない,働きたくても働けなくなるような,脳の機能の低下であることがおわかりいただけるかと思います.

30うつ病の治療でしてはならないこと

うつ病の治療でしてはならないこと

最後に,うつ病の治療でしてはならないことの10項目をあげて,終わりにしたいと思います.